
少子化対策が最重要。
の対策が上手くいったためしがない。
少子化は原因ではなく結果。それさえ誤魔化してる場合が多い。
「経済成長」の結果が「少子化」。はっきりしている。
かつて、結婚、出産、育児は生きていくための手段だった。
今は、逆にそれが障害になっている。出産を無邪気に喜べない事情もある。
経済成長も必要。少子化対策も必要。
どっちも言うのは道理が通らない。都合がよすぎる。
だのに、誰も何も言わない。言えない。なぜか?
経済成長は至上命題なので、
それを原因としてメスを入れることは許されない。
なぜ、経済成長は絶対なのか?
一度豊かな生活を経験してしまうと元に戻ることはできない。
もう野生のドラ猫に戻ることはできない。
お腹ペコペコだったあそこには戻れない。
食べられなくなっても良いのか?と脅されて逆らうことはできない。
人はだれにエサを運んでもらっているのだろう?
資本家に逆らうことはできない。
となりの芝生が黄色いうちは肥料を分けてあげることもできる。
でも自分の家より青くなるのは許されない。貧乏は相対性だ。
みじめになりたくない。
会議の中で発言力がないと言いたいことが言えない。
無理難題を押し付けられるかもしれない。
正義を通すには力が必要となる。
縄張り争いをしている。選択肢は2つ。闘うか逃げるか。
お金がなければ闘うことができない。お金はいくらでも必要になる。
負けられない。
権力という立場にある人は、経済成長を否定することはできない。
それは権力の座を降りることを意味する。
こうして、「経済成長」は現代の人の「神の掟」となる。
絶対正義でその根拠を問うことは普通できない。
それ故、解決できない矛盾を抱え込んでしまうことになる。
少子化問題だけでない。財政規律。エネルギー。環境。
どれもこれもずっと課題であり続けているが解決できていない。
お金の問題をお金で解決しようとして地獄に落ちてる。
21世紀はこれをどう乗り越えるのかの時代になる。
まずは自分達の宗教を疑ってかかる必要がある。
「もっともっと」を貢がされる「もっともっと教」。
それがただの宗教だと気づけば、後は早い。
まずはそれだけ。それができない。
パラダイムの停滞。
なぜそうなる?そしてどうなる?