
2025年10月、蒲郡へ遠征した。
その前の年、渥美半島を回ったときに三河湾の向こうに見える対岸も走ってみたいと思った。
Googleマップに表示されるワイキキビーチとかラグーナの地名に、
おだやかでゆったりした時間の空想が広がる。行ってみたい!
たまたま同窓会の案内があって今回は三谷温泉で開催するらしい。
この同窓会はずっと続いていて時々参加している。開催地が遠いときは辞退している。
今回は三河湾なので行きたい!と思った。
当初9月開催の予定を無理を言って10月に変更してもらった。
後で地区の運動会の日だったと気づいたが、今回は玉入れではなくチャリにする。
自転車を運ぶので、こっち方面参加者の相乗りの誘いを断って、ひとりで岐阜の山中を越える下道で向かった。
もう時間を買う年齢じゃあない。道中を楽しめるようになった。
ハイブリッドは高速が苦手なので丁度いい。
予定より早く到着した。まだ幹事も来ていない。地図を頼りに旅館裏手の山に出向く。
自然の林に囲まれたよい散歩道。
山頂に着くと、大きな弘法様が赤子を抱えて海を見下ろしている。ちょっw
どうしてこの顔にしようと思った??頭がでかい。でかすぎだろ。
弘法様の脳は大きかったのだろう。というか三河まで遠征してたのか。知らなかった。
遥々やってきたワシも同志だ。

弘法様の目と鼻の先に「恋人たちの丘」が現れる。
むむ。シュール。なんでもありな。
柵に鍵で結ばれたLoversのハート型プラスチック板が全部色褪せている。
過ぎた時代の記憶がよみがえる。いい時代だった。
いっぱいいろんなところへ出かけた。楽しかった。
どこへ行ったのか、なにを見たのかすっかり忘れてしまったけど。
そのときの気分が胸の奥に広がってくる。
みんないい歳になって、鍵をかけたことは遠い記憶だ。
自分達の時代の記憶のモニュメント。悪くない。
弘法様はきっと、たくさんの人のたくさんの人生を観たのだろう。
信長、家康の時代も、バブルの時代も、今の時代も、変わっていく先の時代も、
同じように同じ場所から眺めておられる。

旅館にもバブルの時代の残り香が漂っている。
盛り上がって、コンクリートに建て替えて、落ち込んで、乗り越えて、落ち着きを戻している。
どこの温泉地にもある景色。
生き残った者の風格さえ感じる。
温泉はいい。サービスもいい。料理もおいしい。
時代が変わっても温泉の価値は変わっていない。いいものはいい。
朝、みんなに先にさよなら挨拶を済ませて一足早く出発する。
ブレーキも効かないような急坂を一気に降りていく。

前日小雨で心配したが、まあまあの天気に恵まれる。
ん?どこかと似たような景色。江ノ島の橋は人であふれていたが、朝も早いのでまだ誰も歩いていない。
自転車でいける?を迷う。いやいやだめでしょ。先を急ごう。
時間はあるといいながら、やり逃している。もう来ることはないのに。
もし人生が二百年だったら渡れたのだろうか?いやいやそうゆうことじゃないでしょう。
世界はこんなに広いのに全部見て回ることができない。比べて人の一生は短い。
それなのに、今日も昨日と同じ日を繰り返している。いいのだろうか??
空海の時代は歩いて回るしかなかった。ここまで来るのは簡単じゃなかったはず。
きっと彼は渡っただろう。橋もかかってなかったので、海を歩いていったのか。

不思議に思っていることがある。
古い時代の建物にはどうして趣があるのだろう。
どうして現代の建物に意匠の魅力を感じないのだろう。
新しい建築物も時間が経てば味が熟成されるのだろうか?
違うな。泊まった部屋の窓から見えた朽ちた4階建鉄筋コンクリートを見ればわかる。
そうじゃない。
生き残った。よいデザインだったから残れた。
残す価値を感じたのだ。もちろん全部が残れたわけじゃない。
残ったものには残った価値が残っている。
それはなに?私にはそれがまだよくわかっていない。
社会もまだそれをきちんと言葉にできていない。
なので、未だに届かないデザインが作り出されているのじゃないだろうか。

これは後世に残るだろう。そう予感できる建築もある。
橋の勾配、R、欄干の色、道路案内版の配置、背景の海、丘、見事に調和している。
狙ってできた景色じゃない気がする。
橋の設計は当然熟考が重ねられただろう。設計者の力量も感じる。
そのひとつひとつの要素にこ込められた神が合わさって、
たまたま偶然調和する。そうゆうことがあるのだろうか。
この橋がアクセントとなって、コース全体の質も上がる。
よいコースは細部に神が宿っている。

本日のメインストリートにやってきた。完璧。
夢の中で記憶のない場所にいることがある。
一度もいったこともない見たこともない場所。
行ったことも見たこともない場所を脳は描くことができるのだろうか。
それはおそらく前世で見た景色に違いない。
時々、これは記憶に残るだろう。そう思う景色に出会うことがある。
たぶん、ここも、つぎ何回目かの人生で、いつか夢に登場するに違いない。
そのとき、ワシはいったいどこへ向かおうとしているのだろう。
天国の門に違いない。

西浦温泉までやってきた。ここも寂れた感じは隠せない。といっても流石ににぎわっている。
幹線道路があまりに急で狭いので、この交通量でこの坂を自転車で越える勇気がでない。
なりゆきで進んで、海岸沿いの遊歩道を自転車を担いで抜けることができた。ラッキー。
名古屋城石垣の採掘場も見れた。ラッキー。
昔の人は偉い。ここで石を切って、持ち上げて、名古屋まで運んだのだよね?
どうやって?想像ができない。たとえ夢の中でもそんなことはしたくない。
忘れることにしよう。忘れることにしよう。うーん。残ってしまった。
とか、自転車は漕いでる間はわりとヒマなので、いろいろ考えながら走っている。

そうこうしながら、また島へ渡れそうな場所にやってきた。
さすがにここは歩いていくしかない。行かない。
潮干狩りというものをしたことがない。
わりと海の近くに暮らしているが潮が引くとか実感がない。
ああ、ここは太平洋なんだなあと思う。
日本海は裏日本で、こっち側が表日本。
卑屈になるわけじゃないが、自分は裏だなと思う時がある。
表の人にはこれが普通で、
裏の人にはこれは特別な風景だ。それに会うのが旅の目的だろう。
日常と違う世界。自分は普通じゃないと思い返す時間。
太平洋側にはそれがある。でも、遠いのでなかなか行けない。
なかなか行けないので特別になる。

ゴール!
にぎやかな音楽が流れている。
イイね。大好き。ハワイ。いったことないけど。
ゲートの看板の絵に海に沈む夕日が描かれているのも好き。
あっ、これは朝日か。ノリがすき。ノリきらないと。
ノッてけサーフィン、な~みにノレノレ♪
開き直って生きていこう。勇気を蓄えて折り返す。
満足した。lovers hillからwaikiki beachまで。控えめにいって最高。三河湾。来てよかった。