
銀紙の錬金術師と「真実の眼鏡」
「……はぁ、はぁ。リサ、あの会社、もうダメだ。みんな笑いながら吸い取られてる」
佐藤はアジトの古びたソファに倒れ込んだ。そこら中に、アナログレコード、真空管ラジオ、そして大量のアルミホイルの芯が転がっている。
「三日後には『収穫』が始まる。それまでに、あんたのその脆弱な『認識の守り』を強化しないとね」
リサはそう言うと、作業机の上のハンダごてを握り直した。彼女が作っているのは、レトロなスキーゴーグルを改造したような奇妙なデバイスだった。
「いい、佐藤。あいつらが私たちの世界に紛れ込む手口は、常に『そう見えて当然だ』という思い込みを利用すること。自販機は自販機、ジャングルジムはジャングルジム……その『当然』という看板を物理的に剥がす道具が必要なのよ」
リサが佐藤に手渡したのは、レンズの部分に 「複数の古いカメラの絞り羽根」と、「偏光板」、そして「魚の鱗」 のようなものが何層にも重ねられたゴーグルだった。
「名付けて、『意味の皮剥ぎ器(ディコンストラクター)』。あいつらの擬態は、光の波長じゃなくて、私たちの脳の『解釈』に干渉してくる。だから、光学的にめちゃくちゃな屈折をわざと起こして、脳が解釈を諦めるような映像を強制的に流し込むの」
佐藤がおそるおそるそのゴーグルを装着すると、視界は一変した。
最初、ひどい眩暈がした。世界が万華鏡のようにバラバラに分解され、再構築される。
「うっ……気持ち悪い。何も見えないぞ」
「焦らないで。レンズの横のダイヤルを回して、自分の『良心』を少しだけミュートにするの。ほら、そこにある『ただの古いラジオ』を見て」
佐藤がダイヤルを回すと、視界のピントが合った。
さっきまで机の上にあった真空管ラジオが、ゴーグル越しに見ると、 「小さな、トゲだらけのウニ」 のような生物が、必死にリサの指から体温を盗んでいる姿に変わった。
「うわっ!」
「驚かないで。それは私のペット。あいつらの眷属だけど、毒を抜いてあるわ。このゴーグルなら、あいつらが化けている『日常』の皮が、全部剥がれて見えるはずよ」
次にリサは、佐藤のバールを手に取った。
彼女はバールの先端に、 「大量の1円玉」 を不思議なパターンで接着し、全体を特殊な絶縁テープでぐるぐる巻きにした。
「これは『不協和音の杖』。叩いた瞬間に、その場所の重力バランスをほんの少しだけ狂わせる。宇宙人たちは、この世界の物理法則を『美しく整える』ことで安定してるから、こういうデタラメな不規則性に弱いの」
「リサ……君はなんでこんなに詳しいんだ? 科学者なのか?」
佐藤の問いに、リサは一瞬だけ手を止め、寂しそうに笑った。
「私はね、昔、あの『虹色の歯車』をデザインした一人なのよ。当時はそれが、世界を救う新しいアートだと思ってた。でも、完成した瞬間に見えちゃったの。自分の描いた線が、実は宇宙から降りてきた『捕食用の蔓(つる)』だったってことにね」
リサは佐藤の胸元に、手製の「アルミホイル・ブローチ」をピンで留めた。
「さあ、準備は整った。佐藤、このゴーグルとバールを持って、もう一度あんたの会社へ戻るわよ」
「えっ、戻るのか!? さっき逃げてきたばっかりだぞ!」
「三日後の『収穫』を止めるには、あのオフィスのサーバーに突き刺さっている『親玉の神経』を断ち切るしかない。あんたがバールで物理的に叩き、私がこの『デタラメ・プログラム』を流し込む」
リサは、カセットテープ(!)を取り出し、不敵に微笑んだ。
「デジタルじゃない。最強の磁気ノイズよ。あいつらの完璧な調和を、この『昭和のカラオケ音源』でズタズタにしてやるの」
佐藤はゴーグルを跳ね上げ、自分の手を見た。
かつてはキーボードを叩くだけだった指が、今は世界を救うための「狂った道具」を握っている。
もはや引き返せない。佐藤は覚悟を決め、ゴーグルをカシャリと装着した。
(第4話・完)