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サーバー室の多肉植物(セントラル・ハブ)

オフィスビルの入り口で、佐藤はリサから渡された「意味の皮剥ぎ器(ゴーグル)」をカシャリと装着した。 視界が激しく明滅し、再構成される。 かつては洗練されていたガラス張りのエントランスは、ゴーグル越しに見ると、 「巨大な爬虫類の喉の奥」 のようだった。壁面を覆う吸音材は、絶え間なく脈打つピンク色の肉壁へと姿を変えている。

「いい、佐藤。信者たち(同僚)をまともに見ちゃダメ。彼らの脳は今、宇宙人のネットワークの一部……つまり『端末』になってる。君が彼らを人間だと思えば、その認識の隙を突いて精神を汚染されるわ」

リサの声が、耳元の通信機から聞こえる。彼女は一階のロビーで、磁気ノイズを増幅させるための「アンテナ代わりの巨大なアルミホイル」を広げる準備をしていた。 佐藤はバールを握りしめ、エレベーター……ではなく、あえて階段に向かった。エレベーターは「胃の中へ運ぶベルトコンベア」にしか見えなかったからだ。 オフィスフロアに辿り着くと、異様な光景が広がっていた。 同僚たちは、キーボードも叩かずに全員が同じ方向――サーバー室――を向いて、微動だにせず立っていた。彼らの頭頂部からは、半透明の「光のコード」が伸び、天井を伝って奥へと続いている。

「佐藤さぁん……戻ってきてくれたんですね……」

背後から、山田がゆっくりと近づいてきた。 ゴーグル越しに見る山田の顔には、もはや目も鼻もなかった。そこにあるのは、 「虹色の渦巻き」 が描かれた一枚の滑らかな皮膚だけだ。

「一緒に……同期しましょう……。今、新しいパッチが配布されて、すごく……気持ちいい……」

山田が手を伸ばしてくる。かつてなら恐怖に竦んだだろう。だが、今の佐藤にはリサのガジェットがある。ダイヤルを「冷徹」の目盛りに合わせると、山田の姿は「ただのノイズを発する案山子」に成り下がった。

「悪いな、山田。俺は今、お前らとは違う『意味』の中にいるんだ」

佐藤はバールの石突きで床を激しく叩いた。一円玉の不協和音が響き、山田の「虹色の顔」がテレビの砂嵐のように乱れる。その隙に佐藤は、サーバー室の分厚い扉をバールでこじ開けた。

――そこは、植物園だった。

サーバーラックの隙間を縫うように、巨大な 「多肉植物」 のような触手が部屋中にのたうち回っている。その中心には、巨大な脳を逆さまにしたような形の「核」が、サーバーの排熱を吸い込んで赤黒く光っていた。 これこそが、全社員の精神を吸い上げ、宇宙の彼方へ送信する「セントラル・ハブ」だ。

『……暴力。……不調和。……不許可。』

部屋全体が、直接脳に響くような振動音で警告を発した。多肉植物の表面から、びっしりと生えた「目」が一斉に見開かれ、佐藤を捉える。

「リサ! 見つけたぞ! 想像以上にグロい『観葉植物』だ!」

『よし、カセットテープをセットして! スピーカーのボリュームは最大よ!』

佐藤は鞄から、リサお手製のポータブルカセットプレーヤーを取り出した。 セットされているのは、80年代の場末のスナックで録音されたという 「音痴なサラリーマンによるカラオケの残響と磁気ノイズ」 だ。

再生ボタンを押し、ハブの「核」の目の前に突きつける。

 ――ガガガ、ピーー、ドギャァァァァ!

この完璧な調和を誇る宇宙人にとって、アナログの、それも意図も論理もない純粋な「ゴミのような騒音」は、致死性の猛毒だった。 「核」が激しく痙攣し、虹色の体液を噴き出す。サーバー室の精密機器が火花を散らし、連動してオフィスフロアの社員たちが糸の切れた人形のように崩れ落ちた。

「これでおしまいだ……! 意味不明なノイズに溺れろ!」

佐藤は「不協和音の杖(バール)」を高く振り上げ、悶絶する「核」のド真ん中に、渾身の力で叩き込んだ。

グシャッ!

オフィスビル全体が、悲鳴のような振動に包まれた。

(第5話・完)