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世界は存在していない

最近、驚愕の事実が発覚した。 なんと、世界は存在していないらしい。 いや、世界はあるでしょ! オカルトですか!とタカを括ってはならない。 安心して下さい。ちゃんとあります。 町立図書館にもきっと置いてある。一度読んでみると良い。 「なぜ世界は存在しないのか?」 たったの3頁で瞼が閉じるのを保証する。

ぶっちゃけ、なにが書いてあるのかわからない。 そりゃそうだ。これを読むには、高度な論理学マスターが必要だ。 虚数の出現で数学についてけなくなった人に、理解はたぶん無理だろう。 なぜ町立図書館においてある? ただひとつわかることは、これは希望だ。 だって著者がエピローグに書いている。 「じゃないと人はただの殺人猿になってしまうでしょ?」

これは殺人猿を卒業するためのおまじないなのだ。

哲学を学習している。 きっかけは、小泉さんの頃に流行った「構造改革」。 構造って何?みんなわかってたの?私はわからなかった。 未だにまだよくわかっていない。

たまたま本屋で「はじめての構造主義」を見つけて読んでみた。 これまたまったくわからない。いったい何の話しだ? 構造改革とどんな関係がある?どうやらあまり関係なかった。

わからないのは当たり前。 哲学は石積みなのだ。アプリ開発ライブラリみたいなものだ。 一番上に積まれた石だけ見てもなぜそれがそこにあるのかわからない。 順番に下の石を辿っていって、なにがどうしてどうやって積まれているのか全体を見る必要がある。 構造主義の主張は、ヘーゲルさんを聞いてかからないとわからない。 じゃあヘーゲルさんは?という具合にひとつひとつ遡っていく必要がある。

学校の倫理の授業とは順番が逆だ。 そういえば倫理の先生のことを思い出す。 おっぱいで頭がいっぱいのぼんくらに、 アートマンとブラフマンを一生懸命説明してくれた。

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いったん水がタレスまでさかのぼってからソフィーの物語で戻ってくると良い。 あ~そうゆうことだったのか!

行ったり来たりしているうちに少しづつわかるようになってくる。 天才に追いつくことはもちろんない。 ただなんとなく言いたいことはわかるようになってくる。気がする。

「世界とはなんだろう?」 偉人達はずっとそれを考えてきたわけだ。 考えるよね。オラだって考える。これは胡蝶の夢なのか。 ちょっとしたミステリーだと考えればよい。 ただまあ忙しいビジネスマンにこれを楽しむ余裕はあまりない。 それは定年後の楽しみに取っておこう。

とにかく、少しづつ少しづつ近づいてきて... 最後にちゃぶ台返しが待っている。 結論、人のぼんくら頭で「世界を識ることはできない」 突然、世界は神秘のベールで隠される。 哲学はあきらめで一旦終わったのでした。 が~ん!定年後の楽しみが亡くなった...

ルネサンスに始まった近代の基礎になったのが科学。 現代社会で科学の立場は中世の神以上かもしれない。絶対だ。 その科学の基礎が哲学だったが哲学は途中で迷子になった。 20世紀は目隠し運転の時代だったと言えるかも。

そして始まった21世紀。 世界は不可知じゃなくて無いんだよ! 在ると思うのは思い込みだと、いきなり言われてもすぐには理解できない。 これは地動説以来の事件だろ。ガブリエル転回だ。 地球が丸いと言われも到底信じることはできない。 世界が存在しないと言われても到底信じることはできない。 信じようが信じまいがそれは真実だ。 形而上学は今度こそ本当に終着駅に到着したらしい。

さ、この後はGeminiに聞いてみよう。 それなら忙しいビジネスマンにもできるだろう。 わからないことは何でも聞けばよい。 ジェミニはなんでも知っている。 わからない!を丁寧にわかり易く教えてくれる。 なぜ世界は存在しないのか?



(注)「世界」以外の全ては存在しています。 なので「気合」も存在しています。