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ファミレスに行くと、いつもきまって思い出すことがある。
小学校の頃、給食週間が待ち遠しかった。 給食週間は献立を日替わりで各学級で決めるようになっていた。 いつもよりちょっと豪華なものがふるまわれてた気がする。 その期待が膨らんで、いつもなら面倒なポスターを描かなきゃならないのでさえ苦ではなかった。 誰が考えた企画か知らないが天才すぎる。

そのとき自分のクラスがどうやってメニューを決めたのかはっきりとは覚えていない。 最初、各自が紙に自由に書いたものを集めて、それから絞り込んでいったのかもしれない。 とにかく、自分は「ハンバーグ」と書いた。 見たこともない食べたこともない「ハンバーグ」。 その食べ物の名前を知っているだけで「これは勝った」と確信した。 見事、予選を勝ち抜き決選投票で、1対その他全員で「おでん」に負けた。

「おでん」はないだろう。いや、おでんもアリだが、小学生だぞ。 ハンバーグには勝てないだろ!? 「おでん」だって聞きなれない食べ物だったが、 中身はたしか「お煮しめ」みたいなものじゃないか。 大根とか厚揚げのお煮しめとか、毎日毎日、食べ飽きてるだろう。 そんなものに負けるはずがない。みんないったい何を血迷ったのだ。わけがわからない。

その時、オラは生まれて初めて民主主義の闇を知った。 トランプさんもきっと同じ経験があるに違いない。 その苦い思い出で大統領まで上り詰めた。そうだと思う。

今考えてみると、もしかして、毎日お煮しめばっかりだったのは我が家だけで、 他の家庭では、すでにハンバーグは普通だったのかもしれない。 いやない。昭和47年の田舎の村にハンバーグはまだなかったはずだ。 いつもはガキなのにどうしてあのときだけ大人の選択をしたのか? それともみんなとっくに大人で自分だけ子供だったのか? 今度もし同級会があったらみんなに聞いてみよう。 なぜあの時「おでん」が食べたかったのか? みんなそんなことは忘れておるだろうか? そしたらこの謎は永遠のお蔵入りだ。

その後、ハンバーグをいつ初めて食べたのか憶えていない。 あれほど熱望したハンバーグだったはずなのに。 実際はそれほどのものではなかったのだろうか。

そうだ!「ハンバーグ週間」というのを思いついた。 毎日、違うファミレスに行ってハンバーグを食べ歩く。 新事実の再発見があるかもしれない。 死ぬまでには一度はやる。